【エチオピア仕事体験記】開発援助に携わった感想や活動をシェアします

私は、エチオピアに断続的に合計で4年間ほど滞在した経験があります。

主な目的は、自然保護関係の研究をするためなのですが、その合間に仕事をしたこともありました。

どのような仕事かと言いますと、なんと、在エチオピア日本大使館のお仕事です。

と言ってもそれほど大げさなお仕事ではなく、正式にはおそらく「草の根・人間の安全保障無償資金協力・短期委嘱プロジェクト・フォローアップ調査員」とでもなるのでしょう。

要するに、大使館が「草の根・人間の安全保障無償資金協力」のスキームでお金を出した開発プロジェクトが、ちゃんと機能しているのか、問題はないのかを調べるというお仕事でした。

3ヶ月間だけの短期契約でしたが、いろいろと考える機会を与えてもらいました。

仕事をしながらエチオピアを一周??

私にとって、この仕事はエチオピアの様々な地域を見ることができた貴重な経験になりました。

「草の根・人間の安全保障無償資金協力」というのは、主に現地のNPOなどが日本大使館に「こういうプロジェクトをやりたい」と提案書を提出し、採択されると支援金をもらうことができる、というスキームです。

応募してくるNPO団体はエチオピアの様々な地域に散らばっており、プロジェクトサイトも普段、観光旅行などでは行かない場所に多くありました。

ありがたいことに(?)私と一緒に同じ仕事をしていた二人の同僚は、首都アジス・アベバから離れたくない、絶対に出張は日帰りでアジス・アベバのホテルでしか寝たくない、という方々だったので、私が片道2日間かかるような場所ばかりを担当することができました。

上司には「運転手付きのレンタカーを借りているのに、一つのサイトを視察するごとにアジス・アベバに戻るのでは時間的にも、金銭的にも効率が悪い」伝え、3つ、4つのプロジェクトサイトを連続で視察してアジス・アベバに戻るという長期出張を認めてもらいました。

お堅い大使館で座った仕事をするのではなく、普段なかなか行く機会のないエチオピアの地方を、比較的自由に移動することができる仕事でした。

エチオピアでの仕事で実感:援助する側とされる側の意識

援助国としての日本の立場は基本的に初期投資をして、その後は現地の人々の力で持続的にプロジェクトを継続・発展してもらう、というものです。

しかし、現地の人々は「初期投資だけでなく、ずっと援助し続けてよ」と思っています。

ずっとお金がもらえるのであれば、確かにそう願いますよね。

一度、こんなことがありました。

水道の設置を支援した村の視察を終わり、大使館に戻った約1週間後に、上司から「OO村の人々が『水道が壊れて困っている』とたまたま、その村に立ち寄ったOOさんから聞いたが、ちゃんと視察してきたんじゃないのか?」と言われました。

私は「ちゃんと動いてましたよ」と伝えたのですが、上司に「念のため、もう一度見てきてくれ」と言われたので、またその村に出かけて行き、水道を調査したところ、まったく問題はありませんでした。

そこで、プロジェクトを遂行している代表に会って問いつめたところ「水道が壊れたと言ったら、またお金がもらえると思った」とのことでした。

私は彼女に「『〇〇が壊れたから直してくれ』という態度が続くようであれば、今後、大使館はお金を出さなくなるよ。たとえ水道が壊れたとしても、『村人からお金を少しずつ集めて直した』とか「水道の修理の仕方を学んで直した」とか「今後、水道が壊れると困るから、村人から集めたお金で、村の若者を一人技術学校に通わせている」という態度を見せて欲しい。そうしたら、大使館も『この村は自分たちの力で何かをやろうとしている。支援してやろうじゃないか』、ということになる」と伝えました。

現地の人々の力で持続可能なプロジェクトをと考えている大使館と、嘘をついてでも出来る限りたくさんのお金を援助してもらおうとする現地の人々。

援助する側とされる側の思惑のズレを実体験することができました。

日本の援助はやっぱり箱物?

80年代に日本の途上国援助は箱物を作るばかりで・・・という批判がありました。

2000年代でもそのような状況はまだまだ続いているのかも、と思わされる経験もありました。

日本の援助で図書館を建てた学校、実験室を作った学校、薬の保管庫を建てた病院、などの視察にも行きました。

すると、図書館はあるものの、本が数冊しかない。実験室はあるものの実験器具が何もない。薬の保管庫はあるものの、薬がまったくない。

こういった状況を目の当たりにしました。

その理由を伺うと、「本はなくなったり盗まれたりするから」、「援助してくれない」、「薬のような消耗品は援助してくれない、実験器具のようにすぐに壊れるものは援助してくれない」ということでした。

私が研究のために滞在していた村では、学校の校舎が足りないということで、村人たちが家の庭に生えている木を伐って村に提供したり、労働力を提供したりして、自分たちの力で学校の校舎を作っていました。

その時考えたのは、「建物は建てようと思えば建つ。でも、村人が力を合わせて作れないもの、買えないものがあるんじゃないか。そこを我々は援助しなければいけないのではないか?」ということでした。

あとがき

正規職員ではなく、3ヶ月間という短い時間ではありましたが、在エチオピア日本大使館に勤務したという経験は、大変有意義な経験でした。

エチオピアの知らない地域を見ることができた。開発援助について現場から考えることができた。援助を受けている人々の生の声を聞くことができた。

このような経験をしたいと考えている方、外務省のホームページの「外務省について」というページに採用情報が掲載されています。応募してみてはいかがでしょうか。

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